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秋田地方裁判所 昭和57年(ワ)441号 判決

原告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

今泉秀和

外七名

被告

男澤泰勝

右訴訟代理人弁護士

金野繁

横道二三男

山内満

深井昭二

沼田敏明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用はすべて原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(昭和五七年ワ第四四一号事件。以下、「所有権移転登記手続等請求事件」という)

1  被告は原告に対し、(一)別紙物件目録一記載の各土地について秋田地方法務局船越出張所昭和四九年八月三〇日受付第四八一九号の、(二)別紙物件目録二記載の各土地について秋田地方法務局船越出張所昭和五二年一一月四日受付第一〇六八七号の、各所有権移転請求権保全の仮登記に基づき、昭和五七年一月二一日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  被告は原告に対し、別紙物件目録一及び二記載の各土地を明渡し、かつ、昭和五七年一月三〇日から右土地明渡ずみに至るまで、一日当たり一万三九〇八円五五銭の割合による金員及び右金員に対する各応当日の翌日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(昭和五八年ワ第五九号事件。以下、単に、「不当利得返還請求事件」という)

被告は原告に対し、九一万五九三五円及びこれに対する昭和五七年七月三〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

(所有権移転登記手続等請求事件)

右事件は、原告が、八郎潟中央干拓地に入植した被告との間で、被告は八郎潟新農村建設事業団法二〇条一項の基本計画に示された方針に従って営農し、これに違反した場合には、原告は被告の入植地を買収することができるとの契約を締結していたところ、被告が基本計画に示された方針に違反したので、売買予約完結権を行使したとして、売買契約に基づき、仮登記に基づく所有権移転登記手続請求をするとともに土地の明渡を求め、更に、不法行為に基づき、予約完結権行使後の土地の使用損害金及びそれについての遅延損害金の支払いを求めた事案である。

(不当利得返還請求事件)

右事件は、被告が入植地の所有者として、大潟土地改良区に対して支払っておくべき県営事業分担金及び改良区経常賦課金を、予約完結権行使により新所有者となった原告が土地改良法の規定に基づいて支払ったとして、不当利得の返還を求めた事案である。

一所有権移転登記手続等請求事件の争いのない事実

1(当事者) 被告は、国営八郎潟干拓事業によって造成された八郎潟中央干拓予定地において、八郎潟新農村建設事業団法(昭和四〇年法律第八七号。以下、「事業団法」という)の目的とする模範的な新農村を建設するための一員として、昭和四四年度に入植した第三次入植者である。

2(農地の配分と被告の所有権取得) 被告は、当時の土地改良法第九四条の八第五項及び第六項の規定に基づき、①別紙物件目録一記載の各土地(以下、「第一次配分地」という)につき、昭和四四年一〇月一一日農林大臣から所定の配分通知書の交付を受け、昭和四八年三月三一日公有水面埋立工事の竣功によりその所有権を取得し、②別紙物件目録二記載の各土地(以下、「第二次配分地」という)につき、昭和四九年一〇月三〇日右同様の配分通知書の交付を受け、昭和五二年三月三一日公有水面埋立工事の竣功によりその所有権を取得した。

3(原告と被告との売買予約契約)原告は被告との間で、右配分通知書を被告に交付するに先立ち、昭和四三年一〇月九日と昭和四九年一〇月二四日に、それぞれ左記のような内容の契約を締結した(以下、昭和四三年一〇月九日の契約を「第一次契約」と、また、昭和四九年一〇月二四日の契約を「第二次契約」という)。

(一) 農林大臣またはその指定する者は、被告がその配分を受けた干拓予定地につき、次の事項のいずれかに違反したと農林大臣が認めるときは、被告の土地所有権取得後一〇年間を限り、当該土地を負担金相当額をもって買収することができる。

この場合において負担金の未払い額があるときは、被告はその全額について繰り上げて支払いをするものとする。

(1) 八郎潟新農村建設事業団法二〇条一項の基本計画に示された方針に従って営農を行うこと。

(2)号以下略

(二) 前項の売買の一方の予約は、被告が土地の所有権を取得したのちすみやかに被告の負担において、その土地についての所有権保存の登記と同時に仮登記をするものとする。

4(所定の登記) 被告は、前記2のとおり、第一次配分地及び第二次配分地(以下、右各土地を「本件各土地」ともいう)の各所有権を取得して所有権保存登記をし、前記の契約に基づき、それぞれ、その所有権を取得した日付による売買予約を登記原因とし、権利者を農林省とする各所有権移転請求権保全の仮登記が経由された。

5(基本計画の変更) 農林大臣は、事業団法二〇条一項に基づき、昭和四〇年九月一五日付農林省指令四〇農地A第一八〇三号、自治指第三四六号をもって、「事業団法二〇条一項の基本計画」を決定してこれを告示したが、その後、基本計画は、昭和四八年九月八日付農林省指令四八構改A第一二六三号、自治指第一八三号基本通達により変更された(以下、変更された基本計画を「変更基本計画」という)。

変更基本計画の主たる内容は、八郎潟中央干拓地における営農形態について、おおむね一五ヘクタールを家族経営の単位として入植者に個人配分する、これに伴って従前の水稲単作経営から稲と畑作物の作付割合をおおむね同程度とする田畑複合経営に改定するというものであった。

6(8.6ヘクタールの稲作許容面積の明示) その後、農林省は、変更基本計画に示す田畑複合経営としての稲と畑作物の作付割合を明示するため、昭和五一年一月二四日付農林省構造改善局長通達(五一構改A第八三号)をもって、農家一戸当たりの稲作許容面積の上限を8.6ヘクタールと定めた。

7(過剰作付) 被告は、昭和五六年度の営農において、別紙物件目録一記載の(三)及び(四)記載の各土地(合計4.5624ヘクタール)を、訴外牛口季吉所有の別紙物件目録三記載の各土地(合計4.5562ヘクタール)と交換して耕作し、右交換耕作した土地とその余の被告所有の土地を耕作するに当たり、合計9.164ヘクタールの面積(前記の許容面積8.6ヘクタールを0.564ヘクタール越えている)に稲を作付し、原告からの再三にわたる是正勧告にもかかわらずそのまま収穫するに至った。

8(予約完結権の行使) 農林水産大臣は、被告に対し、前記売買予約契約に基づき、本件各土地につき、昭和五七年一月一九日付内容証明郵便をもって売買の一方の予約完結権行使の意思表示をし、右郵便は同月二一日に被告に到達した。

9(原告の履行の提供、被告の土地占有など) 原告は、右予約完結権行使の意思表示とともに、被告に対し、原告の右売買代金の支払債務の履行と引換えに同月二九日までに本件各土地を原告に明渡し、かつ、所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続をすること並びに負担金の未払分の支払を請求し、同日、原告は右売買代金債務の履行の提供をしたが、被告は、これに応ぜず、現在に至るまで本件各土地を占有している。

なお、原告は、同年三月二五日、原告が被告に対して有する右負担金支払請求債権残元金(二四六九万九七六八円)を自働債権とし、原告が被告に対して負担する売買代金債務(これは負担金相当額たる二五〇六万四〇八〇円)と対当額で相殺する旨の意思表示をなし、そのころ右意思表示は被告に到達し、その後原告は同月二九日、右相殺後の残額三六万四三一二円につき、被告に対し現実の提供をしたが、その受領を拒絶されたため同年四月八日右の金額を秋田地方法務局に供託した。

二所有権移転登記手続等請求事件の争点及び双方の主張の要旨

1 農林大臣は基本計画のなかで営農形態に関する定めをすることができるか

(被告の主張)

本件予約完結権行使は、被告が事業団法二〇条の基本計画に示された方針に違反したことを理由とするものであるところ、事業団法二〇条によれば、農林大臣は基本計画を定めるとされているものの、基本計画は、大潟村の区域内の農地、宅地その他の用に供する土地の整備を行い(事業団法一九条一項一号)、大潟村区域内の公用または公共に供する施設及び住民の共同の福祉のための施設、農業にかかる共同利用施設及び農業者のための集団的な住宅等の造成を行う(同項二号)ことに関して、すなわち、土地の整備と施設に関して定められるものであって(同法二〇条一項)、営農形態は基本計画の中に含まれないから、現実に制定された基本計画のうち営農に関する部分は法律の根拠を欠き無効である。

したがって、被告が基本計画に示された方針に違反したということはできない。

(原告の主張)

八郎潟新農村の建設は、我国におけるモデル営農の確立を主眼とするものであるから、事業団法二〇条一項に定める基本計画に新農村における営農の在り方を顕示することは当然かつ必然的であり、農林大臣が営農形態を基本計画に定めることは法に違反するものではない。

2 基本計画は事業団法の廃止にともなって効力を失い、田畑複合経営義務も消滅したか。

(被告の主張)

事業団法は、昭和五二年六月一〇日法律第七〇号(農用地開発公団法の一部を改正する法律附則三条)により廃止されたので、それにともなって、同法二〇条一項の基本計画も当然に廃止された。

したがって、基本計画上の田畑複合経営義務、更に、それを前提とする8.6ヘクタールの水稲作付制限も消滅した。

(原告の主張)

事業団法が右法律の公布により廃止されたことは被告主張のとおりであるが、事業団法二〇条一項の基本計画に示された方針に従って営農する義務は、原告と被告との契約の内容になったものであるから、事業団法の廃止により、右営農に関する義務が消滅したということはできない。

3 基本計画の定めは訓示規定ないしプログラム規定で、これに反することがあっても、予約完結権は発生しないということができるか。

(被告の主張)

仮に、基本計画に示された方針に従って営農することが契約内容になっていたとしても、左記(一)ないし(八)のような、新農村建設事業の目的、基本計画の性質と文言、その後の実施状況、指導等に鑑みると、基本計画はプログラム規定ないし訓示規定とみるべきであるから、その違反は売買予約完結権の法的根拠とはならない。

(一)  基本計画の最大の目標は、生産性及び所得水準の高い農業経営を創設することで、稲作単作、田畑複合経営もその目的を達成するための手段でしかない。国会における法審議の際に、営農計画については労働生産性と所得の向上がはかれるような方式を可及的すみやかに設定するものとし、このため実地に即して営農の確立を期し、試験、研究を強化することという付帯決議がなされた。基本計画が「生産性及び所得水準の高い農業経営を創設し」とうたっているのはこのためである。

したがって、生産性や所得水準を犠牲にしてまで田畑複合経営をする義務はない。この水準を維持向上させながら出来るだけ努力するというプログラム規定でしかない。

(二)  契約書では、「基本計画に従って営農すること」と規定せずに、わざわざ、「基本計画に示された方針に従って営農すること」と定めているだけである。これは、文言上、田畑複合経営の方向を目指して進んで行くというだけの意味でしかない。

(三)  変更前の基本計画には、「当面は、水稲単作とし機械化直播方式を主体とするが、田植機の開発に応じ機械化移植方式についても考慮する。なお、将来における酪農等の導入についても今後研究をすすめる。」との定めがある。考慮する、研究するということに法的意味はない。

(四)  変更前の基本計画は水稲の機械化直播方式を主体とすると規定しているが、昭和四二年度以降の入植者でこれを完全に順守している者はない。しかも、農林大臣は第一次入植者のみならず、いわゆる第二次入植者から第四次入植者までなんびともこれに従わないことを知りながら、基本計画を変更せずに契約している。

(五)  昭和五二年、五三年ころから一〇数名の入植者が畑作専門に耕作しているが、契約違反に問われた者はいない。

(六)  追加配分の際に、入植者は、個人別調書記載上の注意で、「追加配分後の経営が安定した年の総経営土地についての作付計画を記載する」と指導されているだけで、直ちに複合経営に移れという指導は受けていない。

(七)  昭和四九年の時点で、第五次入植者に対して、一〇ヘクタールの水稲作付を認め、これを前提にした機械購入に援助を与えた。

(八)  配分された農地は、水稲単作のみを計画して造成されたもので、畑作には適さない土地である。県が主導して、畑作に適するような土地に整備したのは昭和五六年以降で、変更基本計画に遅れること八年後である。

(原告の主張)

原告は莫大な費用を投じて、八郎潟干拓事業を完遂し、日本農業のモデルとなるべき新農村を建設すべく事業団法を制定し、基本計画を定める一方、入植者については、その生活が安定するよう、配分土地の取得について七五パーセント、農地の整備、住宅・農業機械の取得については五〇パーセントという他に例を見ないような極めて高率な国費による補助を行って来た。

個々の入植者が基本計画に反して勝手な行動を取るのであれば、新農村建設事業は崩壊してしまうので、それを防ぐべく、基本計画を定め、個々の入植者に基本計画を順守させるための契約を締結したのであるから、基本計画自体を訓示規定的あるいはプログラム規定的なものと解することはできず、また、基本計画に従うべき義務も法的拘束力を持つものというべきである。

4 田畑複合経営義務には経営が安定したときという停止条件が付いていたか。

(被告の主張)

仮に、田畑複合経営義務が存在するとしても、第四次までの入植者については、追加配分時に、経営が安定したときとの条件が付されていたが、未だ、経営は安定していないから条件は成就していない。

入植者は多額の償還金債務を抱え、毎年の償還金を返済できない者が続出している。

(原告の主張)

変更基本計画に示された田畑複合経営義務は、米の需給事情の動向を踏まえた新規開田の抑制という国家的要請の下で、八郎潟新農村建設事業に関する懇談会の検討、答申、更には、大潟村民の要望等を勘案し、日本農業の今後の長期的展望の上に立って、既入植者に対する土地の追加配分及び新規の第五次入植者の再開が八郎潟中央干拓地全体の稲作面積を当時の稲作面積以上に増加させないことを前提としてなされたものであって、このように我国の農産物の総合的な自給力の強化と米需給均衡化対策という緊要な課題の解決を図るためになされたものであるから、経営が安定したときとの停止条件が付されていたということはない。

5 田畑複合経営義務が及ぶのは第二次配分地のみであるか。

(被告の主張)

基本計画に定めた営農方針は、第一次契約においてはその対象である約一〇ヘクタールにつき稲作単作であり、変更基本計画の田畑複合経営義務は第二次配分地についてのみ適用される。

(原告の主張)

変更基本計画に示された田畑複合経営は、既入植者に対する土地の追加配分及び第五次入植の開始が、八郎潟中央干拓地全体の稲作面積を現在の稲作面積以上に増加させないことを前提としてなされたことと表裏一体のものであるから、第二次配分地にのみ田畑複合経営義務が適用されるということはできない。

6 予約完結権の行使は権利濫用といえるか。

(被告の主張)

仮に、原告が予約完結権を有しているとしても、前記訓示規定の根拠として主張した事情に、以下のような事情をも考慮すると、その行使は権利の濫用といえる。

(一)  配分地は畑作不適地で、昭和五六年に「県営大潟村地区土地改良事業計画」が確定されて、畑地にするための基盤整備が開始されたばかりで、田畑複合経営を強要することは入植者に大きな困難をもたらすものであった。

(二)  被告に違反行為があったとされる昭和五六年において、国が必要とした米の要調整数量は三二〇万トンであったが、当時逆に三四万六〇〇〇トンの米不足が生じて、五万トンが輸入された。こうした量に比較すると被告の違反の程度は軽微である。

(三)  入植者は全財産を処分して墳墓の地を捨て、生産性と所得水準の高い農業経営を目指して入植した。

(四)  国の減反政策は成功している。

(五)  仮に、田畑複合経営義務に違反したとしても、損害賠償を求め、あるいは違反した面積ないし追加配分地のみの買収で足りる。

(六)  原告には、予約完結権を行使して引き渡しを受けるべき配分地について、買い戻し後の利用、処分計画がなく、原告の予約完結権行使は、被告を大潟村から放逐することのみを目的としている。

(七)  昭和五六年以降、むしろ米不足が問題となって減反政策が大幅に緩和され、大潟村においても、稲作の上限面積は、昭和六〇年からは一〇ヘクタールに拡大され、昭和六二年には一定の要件のもと12.5ヘクタールまで認められ、平成二年には一五ヘクタールの全面水田認知がなされているのであって、原告が主張する被告の違反行為は現時点では違反とならないものである。

(八)  原告の大潟村における農政は、当初は一〇ヘクタールの稲の耕作が指導されていながら、現実には8.99ヘクタールに押えられて青刈りが強要され、その翌年には8.6ヘクタールに、更に入植者に不利な通達が出され、その後も、前記のような変遷をたどったというように一貫性のないものであった。

(原告の主張)

(一)  八郎潟干拓事業及びこれに伴う新農村建設事業は、国が二〇余年の歳月と八五二億円という巨額の国費を投じ、モデル農村の建設を推進した国家的大事業であり、この事業は入植者の協力なくしては実現が不可能であり、そのため原告は、入植者らの生活が安定し得るように、市場価格に比べて極めて低廉な負担金をもって農地の配分を行い、農地の整備、住宅及び農業機械の取得等についても他に類例を見ないような極めて高率の国費による補助を行ったのである。また、事業団も、変更基本計画に定める田畑複合経営の実施に伴い、それに必要な畑作用機械の導入を助成し、畑作生産物の調整出荷に必要な主要施設の建設を行っているのである。

これらの事実からも明らかなように、被告ら入植者は、他の一般の農業者に比べ特段に有利な条件にあるとともに、この国家的事業に協力する立場にもあり、模範的な新農村を建設することを目的とする事業団法の趣旨に沿う田畑複合経営の営農に精進することが国民から期待されているわけであって、入植者は基本計画に従って営農することを強く要請されているというべきである。

しかるに、被告は昭和五一年度から稲の過剰作付を行い、昭和五五年度までは、原告らの関係者の是正勧告や買収予告を受け過剰作付の是正をしてきたが、昭和五六年度においては、他の過剰作付者五名が是正を受け入れたのにもかかわらず、再三再四にわたる是正指導を受け、被告自身原告との契約に違反し、稲作許容面積の上限を越えて作付したことを自認し、かつ、被告にとって過剰作付の是正が農業経営に及ぼす影響も少なく、是正に応ずることが容易であったのにもかかわらず、自らの意思で是正を拒否した。

八郎潟中央干拓地の入植者は、国の農業事情を理解し、昭和五六年度は被告を除いた入植者の全員が変更基本計画に従って営農をしてきたのであって、被告の過剰作付を容認することは、他の入植者及び全国の農家に対する背信行為になる。

(二)  八郎潟中央干拓地の入植は、昭和四二年度から行われ、昭和四五年度の第四次入植までに四六〇戸の入植者が入植し、水稲単作経営計画に基づき一〇ヘクタール規模の稲作営農が実施された。

しかし、我国の米需給は、昭和四〇年代に入ってから生産力の向上にともなって生産が増大する一方、消費は減少の一途をたどり、昭和四三年には古米在庫量が約三〇〇万トンにも達し、更に、昭和四四年には古米在庫量は約五五〇万トンに達した。

このため、農林省では、強力な米生産調整施策を実施することにし、昭和四五年二月一九日付農林事務次官通達をもって、開田計画を含む干拓事業についても着工を中止することを示達し、八郎潟中央干拓地についても、第四次入植者の圃場を造成するが、第五次入植者の募集は中止されることになった。

これは、食糧管理特別会計の大幅な赤字が問題化する中で、巨額の国費を投じて開田することは、国民感情としても許されず、八郎潟干拓事業も生産調整の例外とすることができなかったためである。

第五次入植が中止されたことにより、八郎潟中央干拓地は、入植用農地の半分に当たる五〇〇〇ヘクタールが用途の定まらないまま残されることになり事業の継続自体が危ぶまれたため、農林省では、第一次から第四次の入植者の水稲作付面積を約7.5ヘクタールに減じ、その分を新規入植者に割り当て、既入植者の経営の安定を図るため、五ヘクタールを既入植者に追加配分し、新規入植者についても一五ヘクタールを配分し、全体として一五ヘクタール規模の、稲作と畑作の割合を一対一とする田畑複合経営が適当と判断した。これは、既入植者からの追加配分の要望にも応えるものであった。

変更基本計画はこのような経過で策定されたものであって、入植者、大潟村、秋田県等各方面の要望を踏まえながら、一方における八郎潟新農村建設事業における模範的な新農村の建設という国家的要請と、他方における稲作転換対策という国家的要請の拘わりの中で調整され策定されたものであって、そこに示された田畑複合経営はこれら二つの要請の調和の上に成り立っているものであり、稲と畑作物の面積を概ね同程度とする田畑複合経営は八郎潟新農村建設事業の目的に沿うものである。

(三)  変更基本計画が昭和四八年九月一〇日官報に告示されたのち、同年一〇月一七日、第五次入植者の募集と既入植者に対する五ヘクタールの追加配分の募集がなされ、被告を含む既入植者全員がこれに応募し、同月二四日、被告との間で、基本計画に示された方針に従って営農を行うことを義務付けた第二次契約が締結されたのであって、被告は第二次配分の経緯を十分知りながら第二次契約を締結した。

(四)  昭和五〇年度の営農において、一部入植者が基本計画に示された方針に違反して過剰作付したため大潟村に混乱が生じた。そこで、農林省は、昭和五一年一月二四日付農林省構造改善局長通達「八郎潟中央干拓地における入植者の営農について」をもって、稲作許容面積の上限は8.6ヘクタールとすると明示した。

8.6ヘクタールに定めたのは、八郎潟中央干拓地のうち入植者に適用される開田許容面積に、秋田県の農業用地と予定された土地などの面積を加えたものを、入植戸数五八〇で除したものである。

そして、上限面積を8.6ヘクタールとする通達は、各入植者に対する文書、説明会などで入植者に周知された。

(五)  本件予約完結権行使後である昭和六〇年三月、稲作許容面積の上限は8.6ヘクタールから一〇ヘクタールに変更され、また、予約完結権の存続期間が満了した後である昭和六二年五月、田畑複合経営を推進することを前提として、水田転作上、田として利用する面積すなわち水田農業確立助成補助金の交付対象面積を転作を条件として、2.5ヘクタール増加して12.5ヘクタールとすることを農林水産省は認め、更に、平成元年四月二七日、一五ヘクタールのすべてを水田農業確立助成補助金の交付対象とすることにし、更に、平成二年三月には一五ヘクタール全面水田認知をしたが、これは、いずれも、予約完結権行使により権利変動が生じた後の事情であるから、予約完結権行使の効力に影響を与えるものではない。

三不当利得返還請求事件の原告の主張

1 土地改良法四二条の規定によれば、土地改良区の組合員が組合員たる資格にかかる権利の目的たる土地についてその資格を喪失した場合には、その者がその土地について有する土地改良区の事業に関する権利義務は、その土地についての権利の承継によって組合員たる資格を取得した者に移転するとされている。

2 したがって、本件各土地の新所有者たる原告は、右の規定により、従前大潟土地改良区が被告に対して賦課した大潟土地改良区定款第二六条の二に定める県営八郎潟干拓事業造成基幹施設維持管理事業分担金(以下、「県営事業分担金」という)の元本及び延滞金並びに同定款二四条二項に定める賦課金(以下、「改良区経常賦課金」という)の元本及び延滞金について、別紙土地改良区賦課金等の請求明細表中、国が賦課を受けた金額欄記載の合計一〇〇万八七二五円の支払義務を負担することになった。

そこで、原告は、同改良区からの請求により昭和五七年三月二七日右金員を支払った。

3 しかしながら、原告が大潟土地改良区から請求を受けて支払った県営事業分担金及び改良区経常賦課金のうち、別紙土地改良区賦課金等の請求明細表中、本件訴訟で請求する額欄の合計九一万五九三五円は、原告が本件各土地の所有権を取得した昭和五七年一月二一日以前にかかる費用として受益者(被告)が受益農地(本件各土地)を耕作し、かつ、収穫を得るために不可欠な必要経費(水管理費用等)及び土地改良区の運営事務費であり、本来、受益者において同改良区からの請求の都度当然に支払うべきものである。

ところが、被告は右賦課金等の支払いを履行しなかったため、昭和五七年一月二一日本件各土地の所有者となった原告が前記土地改良法上の義務としてその支払いを被告に代わってすることとなり、被告は右九一万五九三五円を不当に利得した反面、原告は同額の損失を被ったものである。

4 そこで、原告は被告に対し、昭和五七年七月一〇日付けで納付期限同月二九日とする納入告知書を発行し、同書面は同月一二日被告に到達したが、被告は未だその履行をしない。

5 よって、原告は被告に対し、右不当利得金九一万五九三五円及びこれに対する昭和五七年七月三〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による延滞金の支払いを求める。

四不当利得返還請求事件の原告の主張に対する被告の認否および反論

原告の主張1の事実は認め、その余の事実はいずれも知らない。

原告は、債務者である被告の意思に反して、県営事業分担金及び改良区経常賦課金を支払ったのであるから、原告の土地改良区に対する弁済は有効にはならず、被告には利得がない。

第三所有権移転登記手続等請求事件の争点に対する判断

一争いのない事実、証拠(〈書証番号略〉、証人三原和夫、同阿部一郎、同菅原芳昭、同鈴木教示、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  八郎潟干拓事業

八郎潟は日本海に接する総面積二万二〇七四ヘクタールの日本第二の湖であったが、水深は浅く、湖底は平坦なうえ、大部分が軟弱な泥土で覆われていたため、古くから絶好の干拓地と考えられ、大正一三年以来国による干拓計画が立てられ、特に終戦後の食糧事情の悪化に対応するため、昭和二三年には農林省により八郎潟干拓事業が計画された。しかし、この計画は財政事情などのために実現に至らなかった。

その後も、農林省は食糧増産の要請から干拓事業の調査を継続し、昭和三二年三月、農林省農地局八郎潟干拓企画室は、八郎潟の内中央の一万五六六六ヘクタール及び周辺の一五七三ヘクタールを干拓地とし、大型機械利用の合理的な営農作業が行えるような圃場の造成、入植者の生活環境の整備に重点を置いた農家住宅・各種設備の建設を行うことを内容とする干拓事業計画を採択した。

そして、同年五月、秋田市に農林省八郎潟干拓事業所が設置され、干拓事業の準備に着手し、昭和三三年八月、干拓事業が着工され、昭和四一年五月には中央干拓地が全面干陸した。

以後、道路、用水路、排水路等の建設に移り、昭和四三年三月には幹線道路が全線開通し、また、同年一〇月には導流堤が完成し、干拓の基幹工事の大部分が完成した。

最終的な公有水面埋立の竣功、干拓事業の終了は昭和五二年三月三一日で(昭和四八年三月三一日に、第四次入植者までの入植地について部分竣功がなされた)、干拓による造成地の面積は中央干拓地が一万五六六六ヘクタール、周辺干拓地が一五七三ヘクタールで合計一万七二三九ヘクタールとなり、総事業費は約八五二億円であった。

この間、昭和三九年一〇月、八郎潟中央干拓地全体を一つの行政区画とする構想に基づいて、大潟村が誕生した。

2  新農村の建設の構想と事業団の設立

八郎潟干拓事業は当初、食糧増産を目的として着手されたが、その後、食糧の増産のほか将来の我国の農業のモデルとなるような生産性と所得水準の高い農村を建設することが構想され、国は、昭和三四年一月、農林省農地局に八郎潟干拓対策室を設置すると共に、学識経験者、関係行政機関職員をもって構成する八郎潟干拓事業企画委員会を設置して具体策の調査検討をし、モデル農村を建設するについては事業団方式をとることが決められ、昭和四〇年五月二七日、「国営八郎潟干拓事業により生じる土地につき総合的かつ計画的に農地等の整備、農村施設の造成等の事業を行うことにより、当該土地に係る区域に模範的な新農村を建設すること」を目的とする事業団法を制定して事業団を設立した。

3  基本計画の制定

事業団法二〇条一項は、農林大臣は事業団法一九条一項一号、二号の業務(大潟村の区域内における農地、宅地その他の用に供する土地の整備を行うこと。大潟村の区域内における、公用又は公共用に供する施設及び住民の共同の福祉のために必要な政令で定める施設、農業に係る共同利用施設及び農業者の為の集団的な住宅の造成を行うこと)につき、基本計画を定め、これを事業団に指示するとともにこれを公表しなければならない、これを変更するときも同様とするとしており、事業団法二〇条二項は、基本計画には、①新農村の建設に関する基本方針、②工事計画に関する事項、③所要事業費に関する事項、④その他新農村の建設に関する重要事項で政令で定めるものを記載しなければならないとしている。

これを受けて、農林省は、昭和四〇年九月一五日、事業団法二〇条一項の基本計画を定め(昭和四〇年九月一五日付農林省指令四〇農地A第一八〇三号自治指第三四六号)、同月一八日付官報で告示した。

基本計画のうち、「新農村の建設に関する基本方針」の四項は、営農形態につき、「中央干拓地における営農形態については、当面は、水稲単作とし、機械化直播方式を主体とするが、田植機等の開発に応じ、機械化移植方式についても考慮する。なお、将来における酪農等の導入についても、今後研究をすすめる」ものとし、また、五項は、「中央干拓地の農地の配分については、個人配分とし、おおむね五ヘクタール、7.5ヘクタールまたは一〇ヘクタールのうちいずれかを入植者に選択させる。これにより、一戸当たりの年間可処分所得は、おおむね七〇万円以上を期待する」というものであった。

4  入植者の募集、選考、訓練

農林省は、昭和四〇年一一月一一日付農林事務次官通達をもって入植者の選定基準を定めた。

これは、希望者を全国から募り、将来の日本農業のモデルとなるような生産性及び所得水準の高い農業経営を確立し得る優秀な資質と、熱意を有する適格者を選定することを方針に、選定基準の要件の一つとして、「八郎潟新農村建設事業の意義を十分に理解し、事業団法二〇条一項の基本計画に示された方針に沿い、旺盛な営農意欲をもって自立経営または生産性及び所得水準の高い協業経営を確立しようとする者であること」を掲げたものである。

入植者の募集は昭和四一年度から開始され、第一次入植の同年度は五六人の入植者に対し六一五人が、また、第二次である昭和四二年度は八六人の入植者に対し二八一人が、第三次である昭和四三年度は一七五人の入植者に対し三〇九人が、第四次である昭和四四年度は一四三人の入植者に対し三八九人が応募した。

第一次募集の際に入植希望者用に作成配付された「入植のしおり」には、営農のありかたとして、「栽培するものは、主として立地的な理由から、当面水稲だけとし、機械で直播する方式を主体とします」、「将来は水稲だけではなく酪農、養豚等をとり入れることが考えられますが、今後の試験研究をまって具体的にすすめたいと考えています」との記載がある。

第三次募集の際の「入植のしおり」にも、営農計画として、同様に、「作物は、主として立地的理由から、当面主として水稲だけとし、機械で直播する方式を主体とします」という記載はあるが、酪農等将来の営農形態についての記載はない。

応募は、農林大臣に対して土地配分申込書を提出する方式によって行われ、書類、筆記及び面接による審査選考を経て、合格者は事業団の入植指導訓練所に入所合宿して一年間の訓練を受け、訓練終了後に国が配分通知書を交付した。

入植者は、配分通知書交付後、配分地を無償使用して試作し、その後、公有水面埋立工事の竣功により配分地の所有権を取得することになる。

第一次から第四次までの入植者に対する訓練は、農業機械、栽培(水稲のみ)、経営、農場実習などの講義、実習等がなされ、特に、四月から一〇月までは水稲直播による機械化農法の習得のための農業実習に重点が置かれた。

原告は、各入植者に対し、配分土地の取得については七五パーセント、農地の整備、住宅、農業用機械の取得については五〇パーセントの国庫補助をした。

5  入植者と原告との間の契約

応募者は、農林大臣に土地配分申込書を提出するに際し、併せて、基本計画に示された方針に従って営農を行うこと、配分を受けた農地につきこれを細分するような行為などをしないことを約束し、かつ、これに違反した場合は国から配分を受けた農地を国またはその指定する者において買収することができる旨の契約を国の請求に基づき締結することについても異存はないとの誓約書を、農林大臣宛に提出し、更に、入植者は配分通知書の交付を受けるに先立ち、農林大臣との間で、農林大臣またはその指定する者は、(入植者)が配分を受けた干拓予定地につき、将来土地所有権を取得した後において、事業団法二〇条一項の基本計画に示された方針に従って営農を行うことに違反したと農林大臣が認めたときは、(入植者)の土地取得後一〇年間を限り、当該土地を負担金相当額をもって買収できるとの記載のある契約書を取り交わした。

被告は他の入植者と同様に、右誓約書を提出し、更に、農林大臣との間の右契約書を取り交わした。

入植者の募集は、五ヘクタール、7.5ヘクタール、一〇ヘクタールの選択を許すことになっていたが、入植者はいずれも一〇ヘクタールを希望し、第四次までの入植者四六〇名はすべて一〇ヘクタールの耕作をすることになった。

6  米需給状況の変化と農林省の対策

昭和四一年までの我国の米の需給状況は概ね均衡を保っていたが、昭和四二年、四三年と大豊作が続いたうえ、食生活の変化により需要は減少してきたため、米の供給過剰という事態になり、昭和四三年一〇月の古米の在庫量は約三〇〇万トン、昭和四四年秋の在庫量は約五五〇万トン、昭和四五年の在庫量は七〇〇万トンに達し、食管会計の赤字も急速に拡大する勢いを見せた。

このため、農林省では昭和四四年から、稲作の抑制と他の作物への転換政策を取ることにし、稲作の休耕・他の作物への転作に対する奨励金の交付などの対策を取るとともに、開田の抑制政策も取ることにした。

そして、昭和四四年二月一〇日付農林事務次官通達「新規開田の抑制について」をもって、開田計画を含む土地基盤整備にかかる国営事業又は補助事業については新規採択を中止し、現に継続中のこれら事業については極力開田計画面積の縮減を図り、開田事業に対する公的融資を中止し、農家の自己開田抑制についても行政指導を行う旨示達した。

更に、農林省は、昭和四五年二月一九日付農林事務次官通達「新規開田の抑制について」をもって、開田計画を含む干拓事業についても新規の調査、全体実施計画及び着工の中止を示達し、併せて既着工地区で土地配分公告をしていないものについては開田を行わないものとして事業を進めることとし、八郎潟中央干拓地についても、第四次入植者の圃場を造成するが、昭和四五年度に予定されていた第五次入植者の募集は行わないことを示達した。

7  基本計画の変更

八郎潟中央干拓地の第五次入植者の募集が中止されたため、第五次配分予定地など八郎潟中央干拓地のうち約半分に当たる約五〇〇〇ヘクタールが用途の定まらないままに残されることになり、膨大な公費を費やした八郎潟干拓、モデル農村建設事業の継続が危ぶまれる事態となった。

このため、農林省では、全国的に行われた米供給抑制政策と、第五次入植の実現を調整するための方策を検討した結果、第一次ないし第四次入植者の水稲作付面積を一戸当たり一〇ヘクタールから約7.5ヘクタールに減じ、その差約2.5ヘクタールを新規入植者に回して、八郎潟中央干拓地全体の水稲作付面積を変えることなく、一五三戸の入植者を新たに迎え入れる、そして、既入植者に対しては、五ヘクタールを畑作地として追加配分する、新規入植者についても一五ヘクタールを配分し、中央干拓地全体を一五ヘクタール規模で、水稲、畑作一対一の田畑複合経営にすることが適当であるとの判断に至り、昭和四八年九月八日付農林省指令四八構改A第一二六三号、自治指第一八三号をもって、事業団法二〇条一項の基本計画の変更を行い、同年九月一〇日官報で公告した。

変更基本計画のうち新農村建設に関する基本方針は、中央干拓地の農地の配分については、原則としておおむね一五ヘクタールを家族経営の単位として入植者に個人配分するとし、営農については、大型機械の共同利用等による田畑複合経営とする、なお、稲と畑作物の作付は当分の間おおむね同程度とするというものである。

8  追加配分への動き

第五次入植の中止という事態を迎え、入植者の間には未利用の五〇〇〇ヘクタールの農地に関し、入植者に追加配分して干拓事業を完成することを求める声が強くなり、昭和四六年一〇月には、大潟村長職務執行者、大潟村農協組合長など大潟村関係の五団体の長の連名で、約五〇〇〇ヘクタールの未配分地は農業用に使用すること、農業の国際化に対応できるよう経営規模を拡大するため、入植農家に対する未配分地の追加配分をすること、約五〇〇〇ヘクタールの未配分地に対する営農方式は畑作の機械化一貫体系による高生産性農業が実現するよう土地基盤整備をすることを求める要望が農林省になされ、更に、昭和四七年九月、右五団体の長から干拓地の部分竣功に反対したうえ、新規入植者については既入植者の経営規模とに格差が生じないよう配慮することと、既入植者に未配分地の一部を畑地として追加配分し、田畑複合経営による安定した営農の確立を図ることの要望が農林省になされた。

右要望に対し、農林省は、既入植者が第一次配分地約一〇ヘクタールのうち2.5ヘクタールの水稲耕作権を返上するのであれば、追加配分について前向きに検討するとの応答をし、変更基本計画策定前に、要望をした者から五ヘクタールを追加配分するのであれば、2.5ヘクタールの返上に応じるとの回答を得た。

また、入植の再開とこれに伴う一五ヘクタール規模の田畑半々の複合経営の方針は、昭和四八年から新聞報道がなされ、大潟村の関係機関の広報誌などもこれを掲載した。

9  第五次入植の開始と既入植者に対する追加配分

農林省は、昭和四八年一〇月一七日、土地改良法九四条の八第一項の規定に基づく土地配分計画の公告を行い、第五次入植の募集と第一次ないし第四次入植者に対する五ヘクタールの追加配分の募集を行った。

追加配分の募集には、四六〇名の既入植者全員が配分を申込み、また、新規入植者については八七〇名の応募があり、一二〇名が選考された。

そして、追加配分についても、第一次配分の際と同様に、入植者と農林大臣との間で、事業団法二〇条一項の基本計画に示された方針に従って営農することなどの業務に違反したと農林大臣が認めた場合には、土地所有権取得後一〇年間に限り、買収することができるとの条項が入った契約書が交わされた。

被告も他の入植者と同様、右契約書を農林大臣との間で取り交わして追加配分を受けた。

10  田畑複合経営方針に対する入植者の対応

事業団では昭和四六年ころから転作作物としては何が最適であるかを検討するため、実験農場で本格的な畑作の実験をし、入植者の間でも各種畑作物の栽培の試みがなされ、昭和五〇年ころの事業団の判断は、秋まき小麦、大豆、バレイショが適当であるが、立地条件、収益力からして、畑作物と米とでは格段の差があり、畑作の定着には今後なお時間を要するとのものであった。

また、昭和五〇年一一月に大潟村農協がまとめた複合経営による収益の試算でも、畑作として小麦を想定し、水田7.5ヘクタール、小麦7.5ヘクタールの場合、水稲所得は二六四万一〇六五円、小麦所得は赤字が一五二万八一六二円で、所得合計は一一一万二九〇三円となる、水田8.99ヘクタール、小麦6.01ヘクタールの場合、水稲所得は三一六万五七五六円、小麦所得の赤字は一二二万四五六七円、所得合計は一九四万一一八九円、水田一〇ヘクタール、小麦五ヘクタールの場合、水稲所得は三五二万一四二〇円、小麦所得の赤字は一〇一万八七七五円で所得合計は二五〇万二六四五円というものであった。

八郎潟中央干拓地における畑作の見通しは、昭和五〇年当時において、このように芳しくないものであり、しかも、八郎潟中央干拓地における水稲作付の制限は、そもそも水田として認知しないというもので、一般の減反とは異なり、減反による奨励金が付かないものであったため、食管制度で保護され、立地的にも有利である水稲作付に対する制限と畑作物への転換は、多くの入植者にとって、非常に強い不安をもたらした。

このため、第五次入植者の募集、追加配分の経緯は一応入植者に周知されていたが、入植者に対する農協、事業団の関係者による現場での説明は、必ずしも、昭和五〇年の営農から半々の田畑複合経営を厳格にしなければならないという明確な説明とはならず、また、変更基本計画でいう田畑複合経営の内容が畑作と稲作をおおむね同程度という緩いものであったこともあって、多くの入植者は当面は一〇ヘクタールについては水稲作付が許されると理解していた。

そして、田畑おおむね同程度の田畑複合経営という基本計画に従った営農が実施されるはずであった昭和五〇年、大量の入植者が一〇ヘクタールについて水稲作付を実施した。

農林省は、これを田畑おおむね同程度の田畑複合経営義務に反するものとして、事業団等とともに同年三月から同年八月ころまで入植者に対する強い説得工作をし、結局入植者に8.99ヘクタールを越える分の青刈りをさせた。

11  水稲許容面積8.6ヘクタールの明示

農林省は、昭和五〇年度の作付において八郎潟中央干拓地の多くの入植者が一〇ヘクタールの水稲作付をしたことを深刻な問題として受け止め、基本計画の営農に関する基本方針が、田畑をおおむね同程度とする田畑複合経営としている点を改めて、水稲作付許容面積を明示することにし、昭和五一年一月二四日付農林省構造改善局長通達「八郎潟中央干拓地における入植者の営農について」をもって、稲作許容面積を8.6ヘクタールとすることにした。

8.6ヘクタールとしたのは、昭和四四年度末までに八郎潟中央干拓地で開田されていた面積が四六八一ヘクタールで、昭和四五年七月二二日の農林省農地局長通達により制限された八郎潟の国営干拓事業の開田面積が昭和四五年度以降二三三九ヘクタールというものであることから、この合計面積七〇二〇ヘクタールを八郎潟中央干拓地の開田許容面積とし、これから周辺地区のための増反地、秋田県などの農業用地、秋田県立農業短大、実験農場などを除いた四四三九ヘクタールを入植者のために開田が許された土地との前提に立ち、秋田県知事からの要請により、秋田県などの農業用地、県立農業短大、実験農場などの部分を入植者のための開田許容面積に加えて修整し、結局合計四九五九ヘクタールを入植者のために開田が許容される面積であるとして、それを入植者戸数五八〇で除した8.55をもとに決定したものである。

右通達に従い、事業団では昭和五一年一月二七日付の文書で、各入植者に対し、昭和五一年については、個々の農家の稲の作付が8.6ヘクタールを越えた場合には、買収の措置が取られることになることを通知し、更に、説明会を開くなどしてその旨を入植者に対し説明した。

12  昭和五一年以降の過剰作付

8.6ヘクタールの作付制限が実施された昭和五一年とその翌年の昭和五二年の営農に際し、入植者の半数くらいの者が、畝の間隔を大幅に開ける、いわゆるゼブラ方式で、一〇ヘクタールの水稲作付をするという事態が生じ、これに対しては、事業団などの説得により、8.6ヘクタールを越える部分に対する青刈りという形での是正がなされた。

しかし、昭和五三年には、村議会の主導で、入植者のうち転作を引き受けた二六戸を除いた者すべてが、12.5ヘクタールの水稲作付をした。

これに対し、原告は、過剰作付者全員に対し、東北農政局長名の、是正しない場合には買収をするとの警告を発するとともに、強力な説得工作をし、また、事態を憂慮した秋田県知事も、是正のための説得をし、同様に是正はなされた。

また、昭和五四年、昭和五五年、昭和五六年も引き続き過剰作付をするものはあとを断たず、結局、昭和五六年に是正措置を取らなかった被告に対し、売買予約完結権の行使がなされた。その後も過剰作付は続いてきたが、昭和五八年には、入植者のうち過剰作付をしてきたもの約二〇〇名により、当庁に対し、国を相手とする、一五ヘクタール全部についての水稲耕作権の確認を求める農事調停の申立がなされ、右調停は昭和五九年一一月まで続いたが、結局、物別れに終わった。

13  水稲許容面積の変更

大潟村における過剰作付は昭和五九年も八六名の者によってなされ、原告の是正勧告にも従わなかった者が七三名残り、過剰作付の問題は未解決のままであった。

また、入植者のうち過剰作付をせず、原告の指導に従っていた入植者の間でも、稲作の許容面積の制限に対する不安、不満は強く、大潟村の入植者の大半は稲作許容面積を少なくとも一〇ヘクタールまで拡大することを強く望んでいた。

一方、大潟村周辺の町村では、大潟村における過剰作付に対する反発が強く、周辺町村の代表は、秋田県に対し、過剰作付者の農地の買収とこれを周辺町村へ配分することを強く要請した。

こうした情勢から、秋田県としても、また、大潟村当局としても、事態の打開を図る必要に迫られ、秋田県知事は、昭和六〇年一月、大潟村を訪れて入植者と対話し、「昭和五〇年から一五ヘクタールの田畑複合経営による営農が開始されて以来、青刈り騒動、ゼブラ方式、過剰作付など、次から次へと問題を生じて今日に至っている。このままでは、大潟村は周辺町村からはもちろん、県全体からも孤立化の方向をたどることになりかねない。一〇ヘクタールに拡大することが大潟村の将来を切り開くためにどうしても必要であるならば、昭和五八年と昭和五九年の過剰作付については村民自らの手でこれを是正し、昭和六〇年に新ルールができた場合にはこれを順守しなければならない、これが実現されるのであれば、今後国と折衝して稲作許容面積の上限を一〇ヘクタールに拡大することを実現したい」との談話を発表した。

これを受けて、大潟村村長は同年三月一九日、秋田県知事に対し、過剰作付の是正、新ルールの順守を約束したうえ、一〇ヘクタールへの拡大を要請し、知事は、同月二五日、農林水産省構造改善局長、農蚕園芸局長、食糧庁長官に宛てて、二つの要件について大潟村村長からの約束がとれたことを前提に一〇ヘクタールへの拡大を要請した。

このような経緯で、同月三〇日、農林水産省は、農蚕園芸局長、食糧庁長官、構造改善局長連名で、稲作上限面積を一〇ヘクタールに変更する通達を出した。

14  水田農業確立助成補助金の交付対象面積の拡大等

昭和六二年三月三一日で原告と入植者との間の契約による売買予約完結権の期限が切れることになり、また、一方では、稲作許容面積が一〇ヘクタールに拡大された後も過剰作付が行われてきたため、秋田県では、大潟村における田畑複合経営を定着させるための方針を検討する必要に迫られ、同年五月二一日、秋田県知事は、①入植農家四〇戸以上からなる営農組織を設立し、その営農組織ごとに「田畑複合経営推進計画」を策定し、その計画に基づいて田畑複合経営を推進する、②営農組織による田畑複合経営を基本とするモデル農村の確立及び活力のある農村社会の形成を促進するため、転作条件の整備、畑作新興のための事業及び営農指導等について整合性のある実施を図るとともに、県、村、農業団体の指導推進体制を整備する、③この方針の趣旨に賛同する営農組織に参加し、推進計画に基づいて田畑複合経営を行う場合は、水田転作上、田として利用する面積すなわち水田農業確立助成補助金の交付対象面積を転作を条件として2.5ヘクタール増加して12.5ヘクタールとし、畑作地2.5ヘクタールとする、ただし、営農組織に参加しない者については従来どおり水田一〇ヘクタール、畑作地五ヘクタールとするという内容の大潟村における田畑複合経営の確立対策を策定し、農林水産省に伺いを立て、農林水産省は、同月三〇日、農林水産省構造改善局長、農蚕園芸局長、食糧庁長官の連名で、この取り扱いを承認した。

この結果、従来水田として取り扱われていた面積が2.5ヘクタール増加して、転作を条件とはするが、12.5ヘクタールになった。

昭和六三年以降も過剰作付者が増加する傾向にあったため、秋田県知事は、平成元年四月、農林水産省に対し、水田農業確立助成補助金の交付対象面積を一五ヘクタールとすることを要請し、農林水産省は、同月二七日、これを承認した。

更に、農林水産省は、平成二年三月、一五ヘクタールの全面水田認知と県内並の転作率の設定を承認し、ここにおいて、大潟村も生産調整に関して他の地域と同様の扱いを受けるようになり、過剰作付を巡る紛争は一応の決着を見た。

二争点1(農林大臣は基本計画として営農形態に関する定めをすることができるか)について

事業団法二〇条一項は、農林大臣は事業団法一九条一項一号、二号の業務(大潟村の区域内における農地、宅地その他の用に供する土地の整備を行うこと。大潟村の区域内における、公用又は公共用に供する施設及び住民の共同の福祉のために必要な政令で定める施設及び農業者のための集団的な住宅の造成をおこなうこと)につき基本計画を定め、これを公表しなければならないとしており、事業団法二〇条一項の条項を文言に忠実に読めば、被告が主張するとおり、基本計画には営農に関することが含まれないと見る余地がないではないが、事業団法二〇条二項に掲げられる基本計画の記載事項の中には、「新農村の建設に関する基本方針」が含まれており、新農村の建設は営農形態と切り離して考えることのできないものであることを考慮すると、事業団法二〇条の基本計画の中で営農に関する事項を定めることは事業団法が当然に予定していると解すべきであって、被告の主張は理由がない。

三争点2(基本計画は事業団法の廃止により効力を失い、田畑複合経営義務も消滅したか)について

事業団法が昭和五二年六月一〇日法律第七〇号(農用地開発公団法の一部を改正する法律附則三条)により廃止されたことは被告主張のとおりである。

しかしながら、前記認定のとおり、第一次配分時、被告は、農林大臣に土地配分申込書を提出するに際し、基本計画に示された方針に従って営農することを約束する旨の誓約書を提出し、また、土地の配分通知書の交付を受けるに先立ち、農林大臣との間で、基本計画に示された方針に従って営農することに違反した場合には、農林大臣等は配分された土地を買収することができるとの記載のある契約書を交わし、また、第二次配分時においても同様の内容の契約書を交わしているのであるから、被告が契約上の義務として、原告に対し、基本計画に示された方針に従って営農する義務を負ったことは明らかである。

そして、事業団法が廃止されたのは八郎潟中央干拓地の基本的工事が完了したため、独自に事業団を存続させるよりも、類似の業務を行う農用地開発公団に引き継がせるというのであって、新農村建設事業自体を廃止するというものではないことは事業団法と農用地開発公団法の内容から明らかで、また、前記各契約書が、基本計画に示された方針に従って営農することに違反したと農林大臣が認めた場合は、配分地の所有権取得後一〇年間に限り買収できるとの条項を含んでいることからも明らかなように、基本計画に従って営農する義務は、干拓事業の竣功(前記のとおり、公有水面埋立事業の竣功の時期が配分地の所有権取得の時期となっている。最終的な竣功は昭和五二年三月三一日である)後も長期間継続することが当然の前提になっているのであるから、基本計画制定の根拠法である事業団法が廃止されたからといって、これにより、契約上の義務となっている、基本計画に示された方針に従って営農する義務が消滅するわけではない。

被告の主張は理由がない。

四争点3(基本計画の定めは訓示規定ないしプログラム規定で、これに反することがあっても、予約完結権は発生しないということができるか)について

前項で判示したとおり、被告は原告に対し、基本計画に示された方針に従って営農する契約上の義務を負っていたというべきである。

基本計画の中に営農の形態を入れたのは、八郎潟干拓事業の目的が単に水田耕作が可能な田を広く開田するというのに止まらず、生産性と所得水準の高い、将来の我国の農業のモデルとなるような農村を建設するということにあり、この新農村建設は営農形態を切り離して実現することができないものであったためと理解される。

そして、国は営農形態と密接な関係を持つ農地の造成、諸施設の建設に多額の費用を投じているのであるから、営農形態に関する方針は、単に、目標ないし望むべき営農形態というような緩い方針ではなく、事業団に守らせ、入植者にも守らせなければならないものとして、策定した方針とみるのが相当である。

だからこそ、原告は入植者との間で、違反の場合には買収することができるとの強力な条項の入った契約を締結したと考えられる。

したがって、基本計画の営農形態に関する部分を訓示規定あるいはプログラム規定で、拘束力のないものということはできない。

被告は原告に対し、契約に基づき、基本計画に示された方針に従って営農するという法的拘束力のある義務を負ったというべきであり、原告はその違反があった場合には配分した土地を、売買の予約完結権の行使という形で買収することができる契約上の地位を有していたというべきである。

被告は、基本計画の最大の目標は生産性、所得水準の高い農業経営を創設することで、稲作単作、田畑複合経営はその目的を達するための手段であるから、所得水準、生産性を犠牲にする営農形態の定めはできるだけ努力するというプログラムでしかないと主張するが、営農形態に関する定めは模範的な新農村を建設するために不可欠なものといえるから、基本計画の中で定めているのであって、基本計画の中の営農形態の定めが単なる努力目標でしかないということはできない。

被告は、契約書が、「基本計画に示された方針に従って営農すること」となっており、また、変更前の基本計画に「田植機の開発に応じ、機械化移植方式についても検討する」あるいは「将来の酪農等の導入についても今後検討する」との文言があることをとらえて、法的拘束力のない証とするが、こうした文言があることは、基本計画に示された方針に従って営農することが法的効力を持つ契約内容になっていると解することの妨げにはならない。

被告は、変更前の基本計画が水稲の機械化直播方式を定め、一方、これを順守した第一次入植者がいなかったのにもかかわらず、第二次入植以降も基本計画を変更することなく契約を締結していると主張し、被告本人尋問の結果及び〈書証番号略〉によれば、入植後早い時期から直播方式は行われないようになったことが認められるが、田植方式にするか直播方式にするかは極めて技術的なことで営農形態の本体的部分ではなく、しかも、〈書証番号略〉によれば、直播方式も放棄された訳ではないことが認められるから、基本計画の変更がなされなかったことをもって、基本計画の営農形態に関する部分全体が努力目標でしかないということはできない。

被告は、昭和五二年、五三年ころから一〇数名の入植者が、田畑複合ではなく畑作専門に耕作し、これに対して原告が契約違反としたことはなかったと主張し、弁論の全趣旨によれば、右主張の事実が認められるが、前記認定のとおり、当時は、水稲作付をできるだけ減少させることが原告にとって課題であったのであるから、原告がこれをもって契約違反として取り扱わなかったのは行政上の配慮と理解できる。したがって、この点をとらえて基本計画を努力目標ということもできない。

被告は、追加配分の際の田畑複合経営義務の説明が、直ちに田畑複合経営に移れというものでなかったと主張する。たしかに、前記認定のとおり、追加配分時における田畑複合経営義務の説明が、現地において不徹底なものであったことは被告が主張するとおりであるが、これは、前記認定のとおり、田畑半々の田畑複合経営ということに対して、入植者の間に強い不満があり、これをなだめるために、現地での説明が不徹底になったものと理解できるから、これをもって基本計画が努力目標で、契約の中に取り込まれた基本計画に示された方針に従って営農する義務が法的拘束力のないものということはできない。

被告は、昭和四九年の時点で、第五次入植者に対し、一〇ヘクタールの水稲作付を認めたと主張するが、これについてはこれを認めるべき証拠がない。

更に、被告は、昭和五〇年の青刈りの際の上限面積が8.99ヘクタールであるのにその後8.6ヘクタールを稲作許容面積の上限にしたこと、配分された農地が畑作には適しなかったことを主張するが、これは、いずれも、基本計画が努力目標であることを裏付けるものではない。

以上、被告が主張する点は、いずれも、基本計画に示された方針に従って営農するという契約上の義務が法的拘束力を有すると解することの妨げとはならない。

五争点4(田畑複合経営義務には経営が安定したときからという停止条件が付いていたか)について

前記認定のとおり、田畑複合経営を示した変更基本計画は、農林大臣が、米の供給過剰という情勢を背景とした厳しい新規開田抑制という方針と、八郎潟干拓事業の頓挫を防ぐという要請を調整しなければならなかったという事情のもとに、八郎潟中央干拓地の稲作面積を当時の稲作面積以上に増加させずに追加配分をすることを前提になされたもので、経営安定時に田畑複合経営をすればよいというような停止条件を付けたものでなかったことは明らかである。

六争点5(田畑複合経営義務が及ぶのは追加配分地のみであるか)について

基本計画は、前記認定のとおり、追加配分前に田畑複合経営義務を示すものに変更されているのであるから、被告の第一次配分地についても田畑複合経営義務が及ぶのは明らかであるし、変更基本計画に示された田畑複合経営は、前記のとおり、既入植者に対する土地の追加配分と第五次入植の開始が、八郎潟中央干拓地の稲作面積を増加させないままにすることを前提になされたものであるから、追加配分地のみについて田畑複合経営義務が適用されるということはできない。

七争点6(予約完結権の行使は権利濫用といえるか)について

前示のとおり、被告は原告に対し、契約上の義務として、基本計画に示された方針に従って営農すべき義務を負っており、したがって、基本計画の変更後は変更基本計画に示された方針に従って営農すべき義務を負うことになった。

そして、前記認定のとおり、変更基本計画の内容は田畑半々の田畑複合経営であったところ、農林省は昭和五一年一月二四日付構造改善局長の依命通達で、稲作許容面積を8.6ヘクタールと明示した。

これは、基本計画を制定変更する権限を有する農林大臣が変更基本計画の内容を具体化して明示したものであるから、これにより、被告は契約上原告に対し、水稲を8.6ヘクタールを越えて作付してはならない義務を負うことになった。

被告が昭和五六年の営農において、前記方針に反し、8.6ヘクタールを0.564ヘクタール越えた9.164ヘクタールの水稲作付をしたこと、原告と被告との間の契約には、被告が基本計画に示された方針に違反して営農した場合には農林大臣等は被告に配分した土地を買収することができるとの条項が含まれていること、農林大臣が被告に対し、第一次配分地及び追加配分地につき昭和五七年一月一七日到達の内容証明郵便で売買の予約完結権行使の意思表示をしたことは、前記争いのない事実のとおりである。

しかしながら、売買予約完結権の行使は、配分地の対価である負担金と同額の対価を伴うものではあるが、入植者の生活の基盤である農地を奪うものであること、基本計画に示された方針に従って営農することによる経営上の危険は専ら入植者が負うものであること、基本計画の変更ないし具体化がなされた場合にも入植者はこれに従うことが義務付けられているところ、基本計画の変更・具体化は、契約の一方当事者で、予約完結権を有する原告によってなされるものであることを考慮すると、基本計画に示された方針に従って営農することに違反した場合には常に予約完結権の行使が許されるとすることは、契約の当事者間の公平という見地からすると妥当ではなく、変更された基本計画ないしそれを具体化したものの内容に十分な合理性があり、その違反が八郎潟中央干拓地における新農村の建設という目的に照らし、悪質、重大なものである場合など、やむを得ない事情がある場合にのみ許され、これがない場合には予約完結権の行使は権利の濫用として無効になると解すべきである。

このような見地に立って、以下、権利濫用の有無について検討する。

まず、前記認定事実を総合すると、大潟村における田畑複合経営を巡る問題、過剰作付問題は、大規模な水稲単作農業をめざした八郎潟中央干拓地の干拓に伴う入植が、未だ計画全体の半分しか実現しない段階で、米の供給過剰という事態を迎えたことに端を発した問題ととらえることができる。

すなわち、昭和四三年から昭和四五年にかけて古米の在庫量は、三〇〇万トン、五五〇万トン、七〇〇万トンと急激に増加し、食管会計の赤字も急速に拡大する勢いをみせたため、国としては、稲作の生産調整をし、新規開田も中止せざるを得なくなった。

広大な面積の開田が予定されていた八郎潟中央干拓地の開田計画も、その例外とすることはできず、第五次入植を迎える段階で、これを中止することにした。

しかし、一方で、既に膨大な国費を投じた八郎潟中央干拓地の干拓開田事業を、未だ、干拓地の半分しか入植が進んでおらず、諸施設の整備も完了していない段階で、頓挫させることは、既に入植した者との関係でも、また、納税者である国民全体との関係でも、到底許されることではなかった。

そのため、国は、いわば苦肉の策として、既に一〇ヘクタールの水田の配分を受けていた第一次から第四次入植者の水稲作付面積を一戸あたり7.5ヘクタールに減じ、2.5ヘクタールを新規入植者に回し、八郎潟中央干拓地全体の水稲作付面積を変えることなく、一五三戸の新規入植者を迎え入れる、そして、既入植者には五ヘクタールを追加配分する、新規入植者にも一五ヘクタールを配分し、八郎潟中央干拓地を全体として一五ヘクタール規模の水稲、畑作一対一の田畑複合経営の農村として完成させるという方針を決定した。

こうして、原則としておおむね一五ヘクタールを家族経営の単位として入植者に個人配分する、営農については大型機械の共同利用等による田畑複合経営とする、稲と畑作物の作付は当分の間おおむね同程度とするという変更基本計画が制定された。

既入植者は、我国の一般的な農家の水田とは比較にならない大規模な水田を持ち、機械化による合理的な営農をする所得水準、生産性の高い新農村を建設するとの入植者募集に応募して厳しい選考に合格し、これまでの生活を捨てて八郎潟中央干拓地に入植して間もないうえ、八郎潟中央干拓地が、もともと、水田用に干拓されたもので、立地的にも水稲に適し、昭和五〇年前後でも、畑作の見通しは良くなかったため、奨励金の付かない減反である水稲作付面積の制限には反発していたが、一方で、干拓事業の完成を強く望み、入植が中止されたことにより残った農地を既入植者に配分することを求めていた。

そこで、大潟村の代表者らは、畑地として五ヘクタールを追加配分することを農林省に要請するなどしていたが、前記のとおり八郎潟中央干拓地の干拓開田計画が頓挫することを危惧していた農林省との間で、2.5ヘクタールの水稲耕作権の返上、五ヘクタールの追加配分、田畑半々の田畑複合経営の合意に達し、既入植者は五ヘクタールの追加配分を受けた。

しかし、多くの入植者は一〇ヘクタールの水稲耕作権を維持したままでの追加配分を意図しており、農林省の今後の方針が、田畑半々の田畑複合経営で、追加配分もそれを前提にしてなされるものであることを事業団などの広報誌や新聞報道で知りながらも、変更基本計画の文言が「稲と畑作物の作付は当分の間おおむね同程度とする」という緩いものであったことや、現地での田畑複合経営の説明が入植者の水稲耕作権の返上に対する不満に配慮した不徹底なものであったため、直ちに厳格に実施されることはないとの安易な気持ちで(無論、中には将来的には一五ヘクタールの水田耕作ができるとの思惑を持ったものがいた可能性はある)、追加配分を受け、既に田畑半々の田畑複合経営に変更されていた基本計画の示す方針に従って営農することを約束する契約を締結した。

なお、原告は、追加配分時において、田畑半々の田畑複合経営ということは入植者に十分周知され、入植者もこれを十分了解していたと主張するが、昭和五〇年に大半の入植者が一〇ヘクタール全部について稲作の作付をし、農林省などの指導を受けて青刈りしたという事態が生じたことに照らすと、入植者に対し直ちに田畑半々の田畑複合経営に移行しなければならないとの説明が明確になされ、入植者もこれを納得していたとは到底考えられない。

大潟村における田畑複合経営を巡る問題、過剰作付の問題は以上のような経過で発生したと把握するのが相当である。

右のような把握を前提としてみると、大潟村における田畑複合経営の方針は、稲作の生産調整と干拓事業の完成という二律背反した要請の下で考え出された苦肉の策で、将来の我国の農業を展望した模範的農村の建設の方針というよりは、生産調整政策の色彩の強いものといえる。

このことは、前記のとおり、昭和五二、五三年ころ、畑作専門の入植者が出たのに、原告がそれに対し、何等規制をしなかったことからも明らかである。

大潟村においても何らかの米の生産調整政策を実施することは、米の供給過剰の増大、古米在庫量の激増という全国的な米の需給情勢から考えるとどうしても避けることのできないものであったというほかなく、また、八郎潟中央干拓地の干拓事業の頓挫の危険という事態から、田畑複合経営、水稲の作付制限を構想したことも、一応の合理性を有することといわざるを得ない。

しかしながら、大潟村における8.6ヘクタールの水稲作付制限は他の地域の減反とは異なり減反に伴う奨励金が交付されないものであったこと、入植者らは田畑複合経営が義務付けられたことの実質的見返りとして、五ヘクタールの追加配分を受けたが、これも水稲作付制限が8.6ヘクタールであるからすべてを畑作地として利用しなければならない土地であるところ、八郎潟中央干拓地はもともと水田用に干拓されたもので、立地的にも稲作以外のものは見通しが良くなく畑作には危険のあった土地であり、一方、食管制度の保護のもとでは米作りが安定した営農形態であったのであるから入植者が8.6ヘクタールを超える6.4ヘクタールについて転作奨励金なしに畑作をすることに不安、不満を感じたことには無理からぬものがあること、原告の計画した八郎潟干拓事業の内容からして、少なくとも、第四次までの入植者にとって、田畑複合経営を八郎潟中央干拓地で行うなどまったく予想外であったと考えられること、しかも、入植後わずか数年で水稲単作から田畑複合に基本計画が変更されたこと、昭和五〇年の過剰作付が原告などの強い指導で8.99ヘクタールまで青刈りにより是正され、更に、変更基本計画の内容を具体化し、水稲の作付上限が8.6ヘクタールであることを明示した昭和五一年一月の通達ののちである、同年度以降の営農についても、過剰作付する入植者があとを断たず、特に、昭和五三年の営農にあたっては、大潟村村議会の指導で大部分の入植者が12.5ヘクタールの水稲作付を行い、また、昭和五八年には、入植者約二〇〇名が一五ヘクタールの水稲耕作権の確認を求める農事調停を申し立てるなどのことがあり、これらは、畑作に対する不安、米生産の安定性を前提にすると、一概に入植者のわがままと言い切ることができないものであること、国は、昭和六〇年には、過剰作付を巡る混乱を収めるために、稲作許容面積の上限を一〇ヘクタールにまで拡大し、更に、昭和六二年には田畑複合経営を目的とする営農組織に加わることを条件とはするが、12.5ヘクタールを水田農業確立助成補助金の交付対象とし、平成元年にはこれを一五ヘクタールにまで拡大し、更に、平成二年には一五ヘクタール全面水田認知を承認し、結局、生産調整に関して、大潟村も他の地域と同様に扱われる形で、大潟村における水稲の作付制限問題は一応の決着をみたことを総合すると、8.6ヘクタールの水稲作付制限にはかなり無理があり、行政上の指導を越え予約完結権を行使して入植者の生活の基盤である農地を奪うことができるほどの強い合理性のあるものであったというには疑問がある。

また、田畑複合経営への変更、作付制限は、米の需給事情の変動により原告がとった政策であるが、そもそも、水稲単作を前提に、広大な水田を有する新農村の建設を計画し、所得水準と生産性の高い新農村を標榜して入植者を募ったのはまさに原告であり、これに対し、被告ら第四次までの入植者は、このような募集に応じて、それまでの生活を捨てて入植し、米作りを中心に一年間の訓練を経て営農に入ったものであることも無視はできない。

そして、前示のとおり、大潟村における田畑複合経営というのは米の生産調整という色彩が強く、被告の違反も当初の新農村建設という目標に対する背信というよりも、生産調整政策についての違反とみるべきものであり、違反の程度も、昭和六〇年に変更された水稲作付面積の上限を下回る程度のものである。

以上を総合すると、原告が被告に対してなした売買予約完結権の行使には、やむを得ない事情があるとはいい難く、右完結権の行使は権利の濫用として無効というべきである。

なお、原告は水稲作付制限の上限が一〇ヘクタールに変更されたことや最終的に一五ヘクタール全部が水田として認知されたことは、予約完結権行使後の事情であるから権利濫用の判断に当たっては考慮できないものと主張するが、過去の水稲作付制限の合理性を判断するに当たっての判断資料として口頭弁論終結までの一切の事情を斟酌することは、訴訟法上当然に許されることであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、新農村建設事業は巨額の国費を投じ、入植者には農地の配分・整備、住宅・農業機械の取得に極めて高率の国費による補助をするなどしてきたのであるから、入植者は基本計画に従って営農することを強く要請されているのに被告はこれに違反した、被告の過剰作付を容認することは他の入植者及び全国の農家に対する背信行為になると主張する。

確かに、入植者については多額の国費による補助がなされているのであるから、入植者には模範的新農村を建設するための基本計画に従って営農をすることが要請されるというのは原告が主張するとおりであるが、営農形態による危険は専ら入植者が負担するのであるし、8.6ヘクタールの水稲作付制限が強い合理性を持ったものであるかについて疑問があり、また、そもそも変更基本計画が我国の農業の将来を展望した模範的新農村をめざす方針というよりも生産調整的色彩の強いものであることなどの事情を考慮すると、右要請をもって直ちに予約完結権の行使を正当化することはできない。

原告の右主張は前記判断を妨げるものとはならない。

してみると、原告の所有権移転登記手続等請求事件の各請求はいずれも理由がないことになる。

第四不当利得返還請求事件についての判断

所有権移転登記手続等請求事件について判断したとおり、原告は本件各土地の所有権を取得しなかったのであるから、原告は、被告の大潟土地改良区に対する県営事業分担金、改良区経常賦課金債務の弁済について利害関係を有しないことになる。

そして、利害関係を有しない第三者の弁済は、債務者の意思に反してなされた場合には有効な弁済にならないものであるところ、右弁済が債務者である被告の意思に反するものであることは、弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、被告には債務の消滅による利得がないことになる。

したがって、原告の不当利得返還請求事件の請求も理由がないことになる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本博 裁判官岩木宰 裁判官川本清巌)

別紙物件目録一、二、三〈省略〉

別紙土地改良区賦課金等の請求明細表〈省略〉

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